大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(行)108号 判決 1960年2月03日

原告 安島旭吉

被告 特許庁長官

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(請求の趣旨)

一  原告が昭和三三年九月一日に出願し、被告が同日受理した昭和三三年特許願第二四七七四号「安島布製造法」の特許出願について、被告に速かに査定をすべき義務があることを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

(請求の原因)

原告は、昭和三三年九月一日、被告に対し、発明の名称を「安島布製造法」とし、発明者の名称及び出願者を原告とする特許出願をなし、被告は同日これを受理したが、その後被告は正当の事由もなくその査定をしない。右出願にかかる発明は、原告がさきに有した昭和三年九月六日登録の特許番号第七八〇六六号「表装用布製造法」及び昭和五年五月三十日登録の特許番号第八六九二四号「表装用布製造法の追加特許」の各特許権の対象である発明と同一内容のものであり、右出願は、右特許権の存続期間の延長の如き性質を有するものであつて、その査定にはさしたる日時を要するわけではないので、被告は速かに右査定をなすべき義務がある。よつて右義務の確認を求める。

(被告の答弁)

一  本案前の申立

主文と同旨の判決を求める。

二  本案前の申立の理由

(一)  請求原因事実のうち、原告が昭和三三年九月一日に「安島布製法」の特許出願を行い、これが同日受理され、昭和三三年特許願第二四七七四号の番号が付されたことは認める。

(二)  しかしながら、本訴は次の理由によつて不適法である。

(1) 本訴請求は行政庁である被告に行政処分をなすべき義務があることの確認を求めるものであるが、このような請求は、行政庁に対し作為を命ずると同様の性質を有するものであつて、行政権を侵害し、行政権と司法権の分立を定める憲法の趣旨からみて許されないものというべく、更にこのような請求の基礎となつている法律関係は抽象的なものであり、行政庁の行為によつて、初めて具体化されるものであるところ、訴訟の対象となり得るのは具体的現実的法律関係であるから、いずれにしても本訴は不適法といわざるを得ない。

(2) 仮に行政行為についての義務確認訴訟が一般的に許されるとしても、特許査定を如何なる時期になすかは行政庁のいわゆる自由裁量に属する問題であり、したがつて訴訟の対象とはなりえないものであるから、本訴は不適法である。

三  本案の申立

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

四  本案の答弁

被告が原告の本件特許出願についてまだ査定をしていないことは認めるが、現在特許庁には多くの特許出願が累積しており、一の出願につき公告決定又は拒絶査定を行うまで平均して出願から一年半の日時を要している。出願の内容によつてそれ以上の日時を要するものも多い。しかるに本件特許出願は、まだ出願から八ケ月余を経過しているにすぎず、これに対して何らの処分を行つていないのは、処理順等単に事務上の都合によるものである。したがつて、原告の請求は理由がない。

理由

原告は本訴において原告の本件特許出願につき被告に速かに査定をすべき義務があることの確認を求めるのであるが、右請求はそもそも被告に原告の本件特許出願について何らかの査定をすべき義務があることの確認を求める趣旨ではなく、被告に査定の早期実施義務があることの確認を求める趣旨であると解せられる。(しかし特許法によれば特許出願の査定をするのは被告から審査を命ぜられた審査官であるから、正しくは審査官の査定早期実施義務の確認であろう。)

特許法の定めるところによれば、一般に特許出願があると被告特許庁長官から審査を命ぜられた審査官はこれを審査し、場合によつて出願人の意見を求め、出願公告をなし、特許異議の申立があればその審査をする等の手続を経たうえ特許・登録査定又は拒絶査定をしなければならないこととなつているが、その査定をなすべき期間については法律上何ら定めるところがない。かように法律がとくに査定の時期について定めなかつたのは特許出願を査定するための調査、審理に要する日数には出願毎に差異があつてこれを一率に法定することは相当でなく、かえつてこれを審査官の裁量に委ねることを妥当とするためであると解せられる。要するに、審査官が特許出願につき何時までに積極又は消極の査定をするかは審査官の裁量に委ねられているものと解すべきである。しかしてかような行政庁の自由裁量に属する事項につき当該行政庁にこれをなすべき義務があることの確認を求める訴は、少くとも当該行政庁が不作為によつてその裁量の範囲を逸脱しているというような特別の事情が存在しない限り許されないものというべきであるが、原告の主張するところ(本件特許出願は原告がさきに有した特許権の存続期間の延長の如き性質を有するものにすぎないので査定にさしたる日時を要するわけではないということ。)と本件特許出願から本訴口頭弁論終結時までの期間(約一年)とを考えあわせてもまだ審査官の裁量の範囲を逸脱しているとは認められない。

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は結局において許されないものであつて不適法といわざるを得ない。よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小中信幸)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例